本妙寺の御朱印 | 御朱印と寺社旅の情報マガジン「ご朱印びと」

本妙寺の御朱印



本妙寺の御朱印

熊本にある本妙寺の御朱印です。
お寺の方いわく「日本で一番文字数が多いので、書くのに時間がかかります」とのこと。
中央の髭文字の両サイドにびっしりと書き込まれた文字をみて、確かに納得です。

見晴らし良好の立地にある、清正公の霊廟・本妙寺

本妙寺の御朱印

本妙寺は、熊本市の市街地からタクシーで15分程度いったところの見晴らしのよい高台にあります。
観光地から離れているためか、平日だと他に参拝客はおらずひっそりと建っているという印象です。

本妙寺の御朱印

「胸突雁木(むなつきがんぎ)」と呼ばれる急勾配の石段をひたすら登っていきますが、寄進された数多くの石灯籠が建ち並んでいる姿は壮観でした。
奥にぼんやりと映っているのが、市街地の町並みです。
清正の銅像はさらに社殿奥から300段の石段を登るそうで、さすがに登頂を断念しました。

本妙寺の御朱印

中門をくぐると、目の前には浄池廟拝殿が現れます。

この本妙寺は加藤家代々の菩提寺で1585年、加藤清正が父の清忠の冥福を祈るために大阪で開創したのが始まりです。
1600年、清正が熊本城の城主になると、熊本城内に移されました。
1611年に清正が亡くなると遺言にしたがって、中尾山の山頂の浄池廟という墓所を造営します。
しかし、1614年に起きた火災によって本妙寺は焼失してしまい、本妙寺は浄池廟下の現在の場所に移転したのです。

明治になると神仏分離令によって、浄池廟と本妙寺は神社と寺に分けられます。
1871年には、社殿が熊本城内に移されて加藤神社となり、浄池廟の拝殿は撤去されることになります。

現在の社殿は西南戦争で焼失したあとに再建されたものです。

清正公の墓所・浄池廟

本妙寺の御朱印

拝殿の後ろへと回ると、浄池廟本殿がみえます。
清正は、自分の墓所は深く帰依した日蓮宗の日真上人の草案が近く、熊本城を相対できる場所にと遺言したそうです。

本妙寺の御朱印

寺務所の廊下の窓ガラスには、寺紋が入っていてステキでした。
御朱印を書いていただいている間に、展望台から市街地を眺めると確かに熊本城が見えました。
亡くなっても、この地から熊本の街を見守り続けているようです。

本妙寺の御朱印

 

本妙寺

山号:発星山
宗派:日蓮宗六条門流
寺格:六条門流九州総導師
ご本尊:十界曼荼羅

熊本県熊本市花園4-13-1

熊本県熊本市花園4-13-1

 

この記事を書いている人:大浦春堂(syundo ohura)
編集者とか旅ライターとかやってます。著書は『神様が宿る御神酒』(神宮館)、『神様とつながる暮らし方』(彩図社)、『御朱印と御朱印帳で旅する全国の神社・お寺』(マイナビ出版)は4刷目。
観たり、食べたりしたものはブログにて写真たっぷりめで更新中。お仕事のご依頼・ご相談はコンタクトフォームからお願いします。

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