山梨にある武田神社の御朱印です。「風林火山」と書かれた軍配が押し印で入っています。
屋敷跡に戦国武将・武田信玄を祀る武田神社
武田神社は、甲斐の虎と恐れられた戦国武将・武田信玄の居城跡に建つ神社です。市街を一望できる小高い丘の上に建っており、眼下に自分が治める領地を見ながら暮らしたのは?と思いを巡らしてしまいます。
ここにあった躑躅ケ崎館で、甲斐武田氏3代に渡って甲斐の国の治世が行われました。信玄の父・信虎、そして信玄、息子の勝頼が住んだ屋敷あとに神社が建てられたのは大正時代にあたる1919年です。
敷地内には井戸や土塁など、当時のまま残された遺構も数多くありました。
没後も民衆に慕われた民衆の声によって建てられた神社
武田氏が滅び、徳川幕府が開かれると甲斐の国を徳川家康の息子が領主となって治め、政治の中心地は甲府城へと移りました。そのころは、甲府への旅行者が館跡を訪れる程度でしたが明治時代になるとここを史跡として保存することを望む声が高まったのです。
信玄の屋敷跡に神社を建てるため、銀行家など地元の有力者たちが武田会を結成したのは1899年。折しも日露戦争の頃で、神社に武神や軍神を祀るということが奨励された時代でした。戦国武将の武田信玄を祭神とした神社の創建は、時機が合わさったこともあり、1919年に竣工されました。
武田信玄といえば、生涯のライバルでもあり川中島の合戦で知られる上杉謙信が思い起こされます。
実は上杉謙信を祀った上杉神社が山形県にあるのですが、神社の格式が別格官幣社であったことから、強い対抗意識をもって政府へ武田神社の格付けの見直しをせまったとか。
死してもなおライバル心を地元の人々が持っているというのがとても興味深いですね。
御手水も武田菱をあしらったデザイン。武将好きには随所に見どころがあります。
【関連記事】
武田神社
祭神:武田信玄
旧社格:県社
山梨県甲府市古府中町2611
[map]山梨県甲府市古府中町2611[/map]