雑誌『東京人』の取材で、小金井にある尼寺・三光院の精進料理を味わいに行ってきました。お寺の由来や料理のこと、器の話に至るまで記事に書ききれないほど興味深いお話を伺えたので、写真多めにこちらでまとめます。
昭和9年に開基した三光院
京都・嵯峨野にある臨済宗の尼門跡寺院であり、別名「竹之御所」とも呼ばれる「曇華院」の米田祖栄禅尼が招かれ、昭和9年に東京の女子教育の場として開基しました。子女が皇室に参内するにあたり、東京にもお支度を整えたりお作法を学ぶための場所が必要だとの声が上がり、武蔵野に場所を選んで作られたのだといいます。
檀家寺ではないため維持費がかかることから、今では室町時代から600年以上もの長きに渡って作られてきた御所の料理の流れを組む「竹之御所流精進料理」をお昼に限って提供しているそうです。
「竹御所流精進料理」とはなにか
では「竹之御所流精進料理」とはどんなお料理なのでしょうか。尼門跡寺院とは、皇族の姫君が跡を継いできた格式高い寺院のこと。取材した西井春香禅尼いわく、精進料理は日本の僧侶の料理と、もうひとつは帰化した中国風のお膳の2つに分類されるといいます。
「竹之御所流精進料理」はさらに別の料理だといい、皇女に供するお食事であるがゆえに、美しい見た目であることや食べやすさに工夫を重ねたお料理なのだそうです。また、特別に誂えた陶器の器に料理を盛り付けているのも特長なのだとか。
実際にいただいた精進料理
コースは「雪」「月」「花」と3つあり、季節ごとにお料理の内容が変わります。今回私が食べたのは「雪」になります。
最初に出されるのは、寺紋のササリンドウが象られたもなかとお抹茶でした。実は写真を撮ったものの、SDカードが破損してしまい画像が残っておりません……。お客さんが到着してから調理しているので、皮が水分を吸わずにパリッパリ。なかの餡は中国料理で使われる豆鼓と同じもので、ほんのり塩気がありました。
2膳目はお煮しめ。添えられた南天は庭から採れたものを使っているそう。左から高野豆腐の含め煮、甘く煮付けたかぼちゃ、ゴマを絡めたごぼう、大和芋の海苔巻きです。大和芋はほくほくした食感が初めての味わいで、しっとりほっくりした口当たり。わさびを味付けに使っていて、ぴりりとほのかな辛味が全体の味を引き締めています。
3膳目、ごま豆腐の葛とじ。精進料理の定番メニューですが、ゴマの風味はあっさり目。もっちりとした弾力で、葛が喉越しをさらに良くしていて、つるんといただきました。
4膳目、香栄とう富。香栄氏の特製・豆腐の燻製です。桜のチップで燻製し、燻香がやや強め。お豆腐なのにチーズ風の味わいが楽しめました。
5膳目、里芋のあんかけ。訪れたのが初冬だったこともあり、メニューは体を温めるお料理構成でした。程よい固さに潰して蒸し上げた里芋のお団子と、優しいあんがじんわりと体に沁みます。
6膳目はナスの田楽で、料理名を「木枯らし」といいます。半身のナスが琵琶に似ていることから、建礼門院が愛用した琵琶の名前にちなんで香栄禅尼が命名したといいます。とろりとした甘みたっぷりのナスに、ゆずの風味がする白味噌をのせた田楽は塩加減が絶妙なバランスで、思わず作り方をお尋ねしたほど。氏の料理本にレシピが載っているというので帰りに1冊買い求めました。今でも家で時々作りますが、この味わいはなかなか真似出来ません。
添えられた茶葉、使ったゆずもお庭から採っているそうです。
7膳目、一口吸物。浮かんだモミジはナスをくり抜いたもの。昆布のお出汁がよく出ていて、素朴ながら滋味深くて本当においしいおつゆでした。
8膳目、粟麩のおでん。もちもちとしたお麩で、初めて食べる味でした。上にのせられた山椒みそがアクセントになっていて、とにかくおいしい。
9膳目、にゃくてん。変わった名前ですが、これはこんにゃくの天ぷらなんです。生臭さが禁止された門跡寺院だけに、香栄禅尼はイカを召し上がったことがなく。「雰囲気でも」と香春氏が工夫を凝らし、イカの食感に似せて作りあげたのがにゃくてんなのだそうです。こんにゃくを天ぷらに、という発想がなかったのでこれも初めて食べる食感で。ほんのりと味がついた衣もおいしくいただきました。
10膳目、黒豆のおばんと香の物、ほうじ茶。おばんとは、ごはんのことでこの日は黒豆の混ぜご飯でした。塩の塩梅が絶妙で、お米の味と豆の味が相互に引き立てあっているよう。香の物は昆布の山椒のせ、梅干し、白菜と3種が盛り合わせに。昆布は一口吸物で使ったものを再利用し、山椒で漬け込んだそう。ぴりりと効いた山椒がおいしく、これも工夫だなと感心するばかり。
「すすり茶」をいただく
食事を終えたところで、最後に竹之御所流伝統のすすり茶をいただきました。
玉露を冷まして提供し、蓋付きの茶器で出すことによって味や香りを引き出しているのだそう。注目すべきは、この文様。鳳凰と亀甲の柄は皇室でも使われる柄で、茶器を始め特別に誂えている器の数々にうっとりします。
すすり茶とは、茶碗と蓋の隙間から、お茶をすするようにして飲む喫茶方法のこと。中国の歴史映画やドラマではおなじみの光景だと思います。ここでは蓋に注いでくれたものをいただきました。
香春氏が「最高の一杯」だというのも頷ける、茶葉の強い風味が鮮烈。旨味がぎゅっと凝縮されていました。
御所のお料理を味わってみて
お料理は本堂の裏手にある、元幼稚園だった建物のなかでいただきました。眼の前には嵯峨野を彷彿とさせる竹林があり、ここが東京とは思えないほど。昭和の文豪・三島由紀夫をはじめ、幾多の文化人がこの味を求めてここに訪れたといいます。また、香春氏は元はフランス料理の料理人。料理を更に極めようと思った先にあったのが、日本の料理だったと語ります。1982年には精進料理の洋書も出版し、世界各国から招かれて講演を行うほどだそうです。
そんなこともあってか、世界中からベジタリアンも精進料理を味わいにやって来ているといいます。取材時はコロナ禍で、安心して食事を楽しみたいという人から誕生日祝いの食事や親戚の食事会などといった予約が増えたのだそう。
ていねいに仕上げられたお料理の数々を存分に楽しませていただき、役得な取材時間でした。食事後も色々と雑談に花が咲き「跡継ぎにどう?」と誘われた時にはびっくりしました。とても歴史を背負えるような器ではないので、丁重に固辞しましたが、この先も末永く受け継がれていってほしいお料理なのは言うまでもありません。