これぞ中国版の大奥、お妃達が暮らした場所 | 御朱印と寺社旅の情報マガジン「ご朱印びと」
【紫禁城】これぞ中国版の大奥、お妃達が暮らした場所

【紫禁城】これぞ中国版の大奥、お妃達が暮らした場所



とにかくびっくりする位に混んでいる紫禁城ですが、太和殿や儀式の際に皇帝が着替えをした保和殿や控えの間に使われた中和殿、庭園エリアの御花園が人気らしく。ここに人が集中しているようです。地図でいうと、どセンターの部分が人だかりですが、その両サイドは空いていてじっくりと観て歩くことができました。

参考:紫禁城の地図(※PDF/外部サイトへリンクします)

 

意外?妃嬪が暮らした宮殿はゆっくり散策できる穴場スポット

朱色の壁が美しい妃嬪達が暮らした宮殿エリアの外壁。美しい陶器製のレリーフがはめこまれています。

あまりに素晴らしいので、レリーフばかりを撮影していました。

どうしてこんなに見どころがいっぱいあるエリアがガラガラなのか不思議です。

しばらく撮影を楽しむことができました。ここをお妃様達や、皇帝が移動したのですね。

 

コンパクトにまとまった妃嬪のお屋敷を散策

妃嬪の暮らす棟は、思ったより広くありませんでした。右の黄色の門がその入口です。

儲秀宮です。右手の建物に宮殿の女主人である妃嬪が住み、左手の建物でお世話をする宮女(召使)が暮らしていました。かの西太后が暮らした宮殿です。

内部へは入れる宮殿と入れない宮殿がありますが、立ち入りができない場所はガラス窓を通して外から内部を観ることになります。

写真は正直言って撮りにくい・・・。ガラスもお手入れをしていないので、ほこりを被って傷だらけでした。

 

ラストエンペラー・溥儀が暮らした宮殿は洋風だった

麗景軒という宮殿の内部です。ここだけ洋風のしつらえになっています。この麗景軒は、清朝が滅んだあとも最後の皇帝・溥儀が紫禁城に住まうことを許された際に居住した宮殿です。イギリスの家庭教師が付き、西洋文化に親しんだ溥儀らしい空間です。

ほかにも西洋風の宮殿もあります。延禧宮という宮殿で、建設途中で清朝が滅んでしまったために工事途中で放棄されました。

 

【関連記事】

?icon-external-link? 憧れの紫禁城に行ってきました?

 

 

この記事を書いている人:大浦春堂(syundo ohura)
編集者とか旅ライターとかやってます。著書は『神様が宿る御神酒』(神宮館)、『神様とつながる暮らし方』(彩図社)、『御朱印と御朱印帳で旅する全国の神社・お寺』(マイナビ出版)は4刷目。
観たり、食べたりしたものはブログにて写真たっぷりめで更新中。お仕事のご依頼・ご相談はコンタクトフォームからお願いします。

この記事が気に入ったら
いいね !してください

Twitter で

PR/RECOMMEND