豊国神社の御朱印 | 御朱印と寺社旅の情報マガジン「ご朱印びと」

豊国神社の御朱印



豊国神社の御朱印

京都にある、豊臣秀吉を神として祀る豊国神社の御朱印です。墨字が重なっているので見難いのですが
左下には秀吉の馬印(戦場で自分の存在を現す目印となるもの)として知られる“ひょうたん”の押し印があります。

豊臣秀吉と豊国神社のあらまし

この唐門は国宝に指定されていますが、もともとは伏見城の遺構を移築したもの。秀吉が生きていた頃の桃山時代の建築物です。

豊臣秀吉が没すると、秀吉の遺骸は東山阿弥陀ヶ峰に埋葬されます。そして翌年には山の中腹に秀吉を祀る豊国社が創建されたのです。

死後、国の舵取りをする立場を狙っていた徳川家康と彼を支持する家臣団と、息子・秀頼を支持する石田三成と家臣団のふたつに別れて覇権を争います。これが大坂夏の陣・冬の陣、そして天下分け目の戦い・関が原の合戦へと発展していきます。

勝利を収めたのは江戸幕府を開いた徳川家康でした。
家康は大坂夏の陣のあと、豊国社の取り壊しを命じ、廃絶を余儀なくされました。ただ、社殿だけは秀吉の正室・ねねの嘆願によって破壊を免れましたがその後、荒廃をしていきます。

 

明治になって復興した豊国神社

豊国神社が再興したのは明治になってからでした。1868年、明治天皇の勅命によって再興されると明治8年にはこの地に社殿の建設がなされます。

唐門の軒下に吊るされた、ひょうたん形の絵馬。御朱印の押し印にもなっています。
境内には、宝物殿もあるなど見どころもたくさん。

そして、すぐそばには朝鮮出兵の折に敵兵の耳をそいで持ち帰らせたという「耳塚」もあります。

思ったよりも大規模の塚で、少しびっくりしました。下にある電話ボックスの大きさに注目してみてください。

 


この御朱印はここでもらえます

豊国神社

主祭神:豊臣秀吉
旧社格:別格官幣社、別表神社

京都府京都市東山区大和大路通り正面茶屋町530

京都府京都市東山区茶屋町530 豊国神社
この記事を書いている人:大浦春堂(syundo ohura)
編集者とか旅ライターとかやってます。著書は『神様が宿る御神酒』(神宮館)、『神様とつながる暮らし方』(彩図社)、『御朱印と御朱印帳で旅する全国の神社・お寺』(マイナビ出版)は4刷目。
観たり、食べたりしたものはブログにて写真たっぷりめで更新中。お仕事のご依頼・ご相談はコンタクトフォームからお願いします。

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